3月8日の日曜日は、
京都の子ども文化会館大ホールへ
助っ人に行ってきました。
毎年この時期にライブをされているのですが
今回は創設から15周年ということで
大きなホールを借りて公演をやろう!と
かなり大掛かりに準備をされての当日だったのでした
自治体や大きな組織に支えられているわけではなく
地域の自主的な団体として運営されてきた15年。
それだけでも、とても価値あるものであったということ
それに加えて、大きなホール公演ということで
たくさんの法人や個人の方から協賛を集められたことも
単に和太鼓が好きな人の集まりということにおさまらない
社会的に意義深い存在としての和太鼓チームであることを
内外に知らしめるライブだったのでは・・・と思いました
ライブの内容自体は、相変わらずといいますか
欲深いといいますか、腹十二分目といいますか、
てんこもり!といいますか
某ハンバーガー屋のクォーターパウンダー5段重ね的な
徹底的に、圧倒的に、太鼓を打って打って打ち尽くす!!
そんな公演でございましたよ
サポートをさせていただいている私も
太鼓の転換にこれだけ大汗かいて走り回るのも
まあめずらしい。
舞台袖でゆっくり演奏をきけたもんじゃないのは当然至極。
とにかく次の転換を、転換要員の団員父ちゃん3名さんと
舞台袖、どかどか大音量の横で
薄明かりの中、頭を寄せつつ
「そしたら4つずつね!分担はこのとーり!!」
とか大声で打ち合わせしつつ
移動につぐ移動を必死で遂行しておりました
なんとか時間内に終わってほっ
演奏内容については、すばらしいのはわかっているので(!?)
黒子に徹したライブでありました
今回、子どもたちの演奏も
大人チームの演奏も
いずれも力みなぎる、すばらしい、楽しい演奏だったのですが
とりわけ感じるものがあったのは
元どんつく団員の三宅太鼓でした
15年周年というだけあって
当時小学生だった子達も、
みんないい若者になっているわけであり
そういうお兄ちゃんお姉ちゃんが
世代を超えて、太鼓を打ちにかけつけて来てくれたわけであります
現在ほとんどの皆さんが、日ごろ和太鼓を打っていないそうですが
“昔とった杵柄”でもあり
若者特有のバネのある、みずみずしい力を
如何なく太鼓にぶつけていて
すがすがしい、気持ちのいい演奏でした。
演奏の後、彼・彼女らはこんなコメントをしていました。
「どんつくというチームを、50年後、100年後まで残してほしい」
なんか、ぐぐっと沁みましたね。
つくづく、どんつくさんの活動が
原谷という地域に根ざしたものであったこと
そして、たくさんの子どもたちの育ちに
関わってきた活動であったこと
さらに、それが15年間という長きに渡り
途切れることなく続けられてきたことを
物語っているなと思いました。
協賛のこと、元団員生の言葉、
それぞれに共通しているのは
どんつくさんの活動が
地域に根付き、地域にひろがり、
連続性をもった取り組みであったということであり
硬い表現になるかもしれませんが
なぜか自然と心に浮かび上がってきました言葉は
・・・“文化”という言葉でした
太鼓がキーワードであるけれども、決して太鼓だけでない
人と人がつながり、つくりあげてきた大切なもの
それは文化と呼べるものではないのか・・・。
地域と、そしてそこに暮らす人々に皆が愛情をもち
自分たちの故郷に誇りを感じる若者たちの姿。
コミュニティーづくりのひとつのモデルとして
もっと公にその実践紹介をしていってもよいのではないのかなあと
感じずにはいられない、今回のライブでした
どんつく15周年ライブ
公演大成功、本当におめでとうございました
吉田拓也
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